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2010活動報告② 箕面本番前夜

10月末。
チャレンジャー一行と、西へ。

始発の在来線に乗って、一路大阪へ。
うつらうつら、しながら。

大阪駅に降り立つ。
スズキヨウヘイと合流。
お昼にお好み焼き定食。
箕面市に移動。
チャレンジャーを待つ。
箕面駅前を散策。
ドイツ雑貨の小さなお店発見。
ハロウィン柄のバッジ&シール購入。
チャレンジャー到着。
置いていかれかける。
ひとまずホテルにチェック・イン。
荷物を置いたり。
探検したり。
そんな、日中。

劇場に移動。
わいわいしてる。
フェスティバルの主催劇団「すずしろ」観劇。
演目「見果てぬ夢」。
チャレンジャーも旗揚げ時に上演した、ゆかりの作品。
大阪弁丸出しの公演、素朴です。
べしゃり文化の違い、やっぱ、ある。
DNAに刻まれていたりするのかな。
大阪おばちゃんイズム(?)みたいな。
それでいて、テキストの肝は押さえられている演出。
率直に、関心。
そんな、観劇。

夜。
チャレンジャーの一団が、不良老人だと再認識。
大阪に来て、初めて入るお店で、無茶な注文を押し通す。
たい焼き・たこ焼きの注文、大騒ぎ。
飲み屋を、ほぼジャックする。
会議を終えて合流した、原田先生に絡む。
早くホテルに入って寝ろという、原田先生の指示を完全に無視する。
結果、はしごしちゃう。
ホテルに戻ってからも、露天風呂を満喫。
営業時間定刻になっても、ねばる。
年寄り=早寝早起き?
…疑わしいですよ???

そして、大阪の夜は更けていく。
演出者サイドの不安度を、高めるだけ、高めて。

続く。

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高校演劇地区大会 / スズキ

高齢者演劇のおかげですっかり慣れた東京―静岡の往復はまだ続きます。
今回の用件はわれらが母校の出場する高校演劇大会の観劇。
ついでにちょうど誕生日を迎えた純也くんのお祝い。

会場はこれまた慣れ親しんだロゼシアター。
でも中ホールですが。うらやましい。
僕たちが高校生だった頃の会場はまた別で、そこは既に取り壊されて別の施設が建っています。
そのホールでの出来事も、断片的に蘇ることがある。たまに。

僕の8、9代下の後輩たちが上演したのは松田正隆脚本の「明日は風のない日」。
長崎を舞台にした、戦争の影響がぼんやりと残る家族の生活のお話です。
淡々と、それでいてしっとりとした作品で、けれどそれを見事に自分たちのものにしていた16、17歳の彼らに拍手です。
見事地区大会を突破し、翌週おなじくロゼシアターで開催される県大会に進出することが決まりました。
おめでとうございます。

彼らがどんな演劇が好きで、演劇のことをどう考えているのか、それはしっかりお話したことがないのでよくわかりません。
そして勿論、「演劇とはこうだ」とか「こういう演劇がいい」などと言うつもりもありません。
彼らがこの2年間で演劇と離れても、今後も続けていくとしても、それでいいのだと僕は思います。
ただ、この時間を共に過ごしている部員たちへの信頼や好感がこの瞬間にあることだけはしばらく持っていてほしいなあなどと思うのです。
その点だけは、僕と同じ道をたどってほしいと思います。


終演後は原田先生や照明家の山口さんにごあいさつ。
純也君への誕生日プレゼントをあげたり、なぜか僕までもらったり、そんなこんなで夜は更けていきました。

ちなみに僕へのプレゼントは立体パズル
立体パズル

高井くんへのプレゼントはこの本でした
脱オタクファッションガイド脱オタクファッションガイド
(2005/10/26)
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そしてそして、重い腰をようやく上げて、スズキ式ドロツプス第三回公演的な活動。
ゆるりと稽古っぽいことをしてみた。
まだまだ詳細は発表できませんが、近いうちにお知らせしたいと思います。
これまでのスズキ式ドロツプスの公演からはだいぶ離れた形態になる予定。

takai_24
高井純也24歳の横顔(画像処理済)

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2010活動報告①10月22日公演@富士

ここに挙げるまで、大分、時間が空きました。
陳謝。

故に、2010年活動報告みたいな、体裁。。

時間は経ったので、二つの公演を、自分の中で相対化して、とらえられ始めているとは思います。
ほんのちょっと、だけれども。


富士公演、曇天/晴れ間。
前夜、スズキヨウヘイから、クルマ出して送って行こうかと御提案を受けるが、感謝しつつ、辞退。
いつもと違うことして、いつもと違う芝居になったら困る。
自分が舞台上に居ないからこそ、ジンクスのひとつすら、気掛かりだ。
故に、チャリを、こぐ。

場当たりはまぁ、順当に。
途中、折り込みにいらした方の、接待なんぞも。

富士組ゲネは…もう一歩な、感じ。
大阪組ゲネは…あれ、イケてるじゃん、な感じ。

…富士組付きの演出者としては、これぞ、胃痛の種。
不慣れな音出し経験も相まって、そわそわ君の、へろへろ君だ。

流石に原田先生もやばいと思ったらしい。
最後の稽古・確認時間に彼が選んだのは、メンタルにはたらきかけるものだった。
相手の台詞に耳を澄ますレッスン、とでも言うのだろうか。
目を瞑っての、静かなる、テキストを用いた語らいが、舞台上にあった。

さぁ、助手の僕に出来ることを探す。
「自身が演者だったなら、本番直前に何が欲しい?」
ダメだし、エール、叱咤激励。
ゲネプロを観ながら、一筆箋に、キャストそれぞれに向けた、短い言葉を記して、本番への贐とした。
内容は、僕と彼女らとの、秘密。

そして、開場。
何をスタンバることもない、演出助手は、受付に立つ。
想像に容易くはあったが、来客は熟年層が厚い。
そんな中で、事前に声掛けしておいた、同世代の友人や、富士高校・富士東高校演劇部が駆けつけてくれたのは、本当にありがたかった。

その作品が様々な世代の眼前にさらされることで、芝居は、役者は、そして演出者は育まれよう。
…というか、同世代や、限定的な世代にだけ受け入れられる芝居の方が、イレギュラーか。
(あ、くれぐれも熟年層の来場ウェルカムですよ、宜しく)

客席をも含めて、チャレンジャーに関わったすべての人々が、チャレンジャーをコミュニティ・アートたらしめてくれるようにも、僕は思う。
以前の県庁の取材では、「世代間交流の人づくり」として事例紹介に取り上げて頂いた。
作品づくりに加えて、チャレンジャーの裾野を広げていくにはどうしたらいいか、今後の自身のミッションとして、課すこととしよう。

チャレンジャーの取り組みが、社会的・現代的な活動であり続けること。
関わる誰しもにとっても、地域の公共財として、支え、育くまれること。
勿論、妥協を許さない創造のクオリティは、大前提。
嗚呼、アートマネジメント。。


…1ベル。
…アナウンス。。
…そして、そして。。。

タイム・ハズ・カム。
ショウ・マスト・ゴー・オン。
程なくして、「帽子屋さんのお茶の会」、その物語は始まる。

ときに客席とのおしゃべり、ときに誰を、何を、慮らない、自身との語らい。
出だし、帽子屋の不思議なワン・マン・ショウが、客席を深い森へと誘う。

奔放なアリス、決まらない通訳。
付かず離れず、二人は、舞台を駆け回る。

くたびれ果てた使者の行きついた先。
支度に大忙しのチシャ猫と三月兎。
再び現れる帽子屋、そして、お茶の会は、徐々にその輪郭を現す。

招かれた公爵夫人。
届けられた眠り鼠。
辿り着いたアリスと通訳。
迷い込んできた市長。
呼び止められた魔法使い。

そして、ついに、椅子が埋まる。


……

改めて、筋を追いながら、思う。
仲間が一人、また一人と増えていく/盛り上がっていく、物語のつくり。
ロープレ的?ワンピース的?な、うなぎ登りなテンション。
後半ほど混沌、後半ほど不条理、後半ほどに演劇的、だ。


…そうなのだ。

それを体表してみせてくれたのだから。

率直に、嬉しいのだ。
やったぜって、思ったのだ。

観客との対話から成る、ステージとなったような、印象。
不条理に惑い、不条理に笑い、いつの間にやら終演、みたいな。

いやはや、チャレンジャーの底力をみました。
最後の最後まで、伸びます。
化けます。
気を揉むのは、演出者サイドだけなのかなとか、思っちゃう。

パフォーマンスは一定しないし、何度も繰り返される同一のダメ出し、溜息にも濡れた。
まさかしかし、最後の最後は、これぞと言うものを、みせちゃう。
侮れないぜ。
シニアだからとか、ないんだぜ。

そして、僕は、僕らは、報われた。
救われた。
晴れやかなる、笑顔、終演。
ブラボーです☆



終了後の片付けには、富士高校・富士東高校演劇部が大挙して、参加。
くたくたの皆を尻目に、働く、働く。
再会に、公演後の意見交換に。
わいわい。
がやがや。
楽しいね、ゆるやかなる、交流。

シニア演劇に始まり、地域を大きく巻き込んだ、うねりになれば、良い。
その胎動なのかもな、この景色は。
なんて。

お疲れ様と言いたい。
ありがとうと言いたい。
次は何をしようか。
やりたいことはたくさんあるのさ。

LOVE.

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ひとくぎりを。

静岡に戻ってきました。
恥ずかしながら帰って参りました。

大阪公演、何やかんや、終了です。
初の旅公演、様々に考えさせられましたのことよ。

アウェイの洗礼?が吹き荒れましたが…
露天風呂での負傷者が出ましたが…
あれも、これも、何にしても、始めてづくめ。
もはや演劇祭で収穫祭な感じ。

皆々様に、取り急ぎ(といっても1日経ってる)、感謝を。
仲間達にそして、改めての敬意を。



打ち上げを経て、何故か、体調が復調に向かう俺

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≪不思議の国のアリスの≫帽子屋さんのお茶の会 終了 / スズキ

演出助手として加藤・スズキが参加した高齢者演劇集団チャレンジャー『≪不思議の国のアリスの≫帽子屋さんのお茶の会』も無事全日程を終えることができました。
地元、静岡県富士市の公演も大阪箕面の公演も、それぞれに課題を残しつつも終えられたことはそれだけで一つの成功と言っていいのではないかと思います。

二泊三日の大阪はなんていうか修学旅行のようで、地元のおいしいものを食べたり温泉に入ったりと、公演を打ちにきた気分がかなり吹き飛んでいました。
しかも同行するのは高齢者のみなさんていう。
とても不思議な一団でした。

旅先で、あわただしいスケジュールの中行われるフェスティバル形式の公演というと、どうしても思い出すのは高校の演劇部時代の大会のこと。
当時はもちろん俳優など完全に「中の人」としての参加でしたし、歳も歳でしたので事情はすこし異なりますが、
やはり重ね合わせていたところは多々ありました。

それとともに、あの頃まだ芝居をはじめて2、3年ばかりのころの、情熱というか周りの見えてなさの存在を振り返ったりしてしまう。
それがあったからこその現在の自分の立場があるわけですが、心情の面でいろいろと迎えてしまった変化に改めて触れ、これまた思うところがあったり。

ミスをしてしまった俳優さんの終演後の悲嘆だとか、舞台袖にスタッフとしてついてくれたメンバーの感動だとか、撤収前の楽屋での原田先生の言葉だとか、
あーこういうことが当たり前だったななどと感じ、なにかしらを思うのです。

もちろんそれはネガティブなことだけではなく、そもそも年月を経て、他者(しかも高齢者劇団の俳優が)が同じような心を持って芝居に関わっているというそれだけにある種の喜びを感じたりもするのです。
そして同時に、演劇のおもしろさも感じるという。
あちらこちらで言った気がしますが、こういう感情はこの公演に関わらなければ生まれなかったものだと思っています。
それだけで、価値あるものだったと思えるのです。

長い稽古期間や公演を経て、参加していた俳優さんたちにも変化が見られました。
それは単純にうまくなったということだったり、芝居を楽しんでいる姿だったりします。
やはりその後の変化があって初めて経験と言えるのではないかと僕は感じています。
その点で言えば、メンバーのみなさんも(僕らも)経験を積めたことは確かなんだろう。

いろいろ言いましたが、本当に楽しい毎日でした。
稽古のための東京―静岡の往復も慣れてしまえばどうってことはありませんでしたし、
大阪でうまいもの食べたり偶然見つけた古書店街で掘り出し物を4冊も見つけられてうはうはです。

はじめて他地域の高齢者演劇に触れることもできましたし、
地域での演劇や他世代(と)の演劇というものについていろいろ考える機会にもなりました。
そんなわけでとにかくよかったのです。
この出会いをまた何かの形に変換できればなあとぼんやり考えています。

それではみなさまお疲れ様でした。

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